はじめに
ここ何日かツイッターで「市町村のイニシャル」に関する投稿*1をよく見かける.
市町村のイニシャルというのは,たとえば愛知県一宮市ならA県I市(Aichi Ken Ichinomiya Shi)のように,人名のイニシャルよろしくローマ字表記の頭文字をとって情報をあいまいにする手法である.
情報をあいまいにすることによって,犯罪を行った場合など,具体的な場所を特定されると困るという場合には,大いに役立つ.たとえば,「A県A市で泥棒を働いた」という文面からは,それが具体的にどこで行われたものなのかわからない.愛知県愛西市かもしれないし,愛知県あま市かもしれないし,もしかしたら,秋田県秋田市かもしれない.このように,市町村名のイニシャル表記は,情報をあえてあいまいにする必要のあるときに,大いに役立つ.
しかし,たとえば,G県E市と書いて,情報をぼかしたつもりになっている場合,日本に,G県E市と表記されうる市が岐阜県恵那市しかないということを知らなかったのであれば,たいへんまぬけなことである.
市町村のイニシャルには,当然偏りがあり,それが複数の市町村を指し示す場合(おそらく意図するところはこれだろう)もあれば,うっかりユニークなイニシャルを使ってしまう場合もある.
このような市町村のイニシャルについて,市については, 匿名(2017)による報告があり,S県K市が18点で(数の観点で言えば)もっとも秘匿性が高いことが明らかにされている.
しかし,町村部や,東京23区においてのイニシャルに関しては,あまり関心がもたれていないようなので,調べた.
調査方法
使用したデータ
国土地理院が公開している地球地図日本の行政界データを使った.このデータは,世界共通の仕様で作られたGISデータであり,それゆえ,各行政区域ポリゴンが,市町村名と都道府県名のローマ字での表記名を,属性に持っている.したがって,イニシャルを調べるには,とても都合が良い.そしてなにより,アホみたいに重い国土数値情報のデータと比べると,格段に軽く,使い勝手が良い.
調査手順
QGIS を開く.
さっきのデータを開く.
落としたままのデータでは,同じ行政区域に属するポリゴンであっても,島などでつながっていない部分のポリゴンは,別の地物として扱われてしまい,そのため,地物の数がいたずらに多くなってしまう.そのため,団体コードが格納されている "adm_code" を基準属性にして,ディゾルブする.
ここでワンポイントアドバイスだが,こういうのを,市町村名が格納されている "laa" 属性とかを基準にしてしまうと,'Ikeda Cho' みたいな複数県にあるやつ*2に騙されてえらい目に合う.市町村名はユニークではない.
地球地図日本のデータは,2015年に整備されている.総務省統計局によれば,2015年の日本の市町村の数は,北方領土の6村を含めて1724市町村であるため,地物の数は,これに東京の23区分を足して,1747になるはずである.
1749になった.なんで?
仕方ないのでこのまま分析することにして,このあとはイニシャルをコンピュータにつけさせて,コンピュータにそれを数えさせた.
結果
重複の多いイニシャル表記
1位 H道S町(20)
2位 S県K市(18)
3位 H道K町(17)
4位 H道T町(14)
5位 I県K市,F県K町,K県K市(13)
6位 H道N町,S県S市,K県N町(12)
7位 A県T市,M県K町,S県M町,S県K町,K県M町,N県S市,K県T町(11)
8位 A県K市,M県M町,M県T町,T県K町,S県H市(10)
9位 H道S村,H道O町,I県H市,S県O町,K県S市,K県M市,K県A市,K県Y町,K県K町,N県S町(9)
10位 H道M町,M県K市,F県K市,K県O町,N県T町,N県K村,N県K町,H県A市,O県K町(8)
()内は重複する市町村の件数.
H道S町と表記される町がもっとも件数が多いことがわかった.
しかし,H道と表記しても,それが北海道であることはバレバレであるので,かなりまぬけな結果と言える.
ちなみに,H道S町と表記されるのは,様似町,佐呂間町,鹿追町,鹿部町,標津町,標茶町,士幌町,下川町,清水町,積丹町,斜里町,白老町,白糠町,知内町,新得町,新十津川町,新ひだか町,寿都町,せたな町,壮瞥町の20町であり,当然ながら全部北海道に位置する.
S県K市は,埼玉県春日部市,埼玉県加須市,埼玉県川口市,埼玉県川越市,埼玉県北本市,埼玉県久喜市,埼玉県熊谷市,埼玉県鴻巣市,埼玉県越谷市,静岡県掛川市,静岡県菊川市,静岡県湖西市,滋賀県草津市,滋賀県甲賀市,滋賀県湖南市,佐賀県鹿嶋市,佐賀県唐津市,佐賀県神埼市の18市.
H道K町は,上川町,上士幌町,上砂川町,上ノ国町,上富良野町,狩山町,木古内町,喜茂別町,京極町,共和町,清里町,釧路町,倶知安町,黒松内町,訓子府町,剣淵町,小清水町の17町.(すべて北海道)
H道T町は,大樹町,鷹栖町,滝上町,月形町,津別町,天塩町,弟子屈町,洞爺湖町,当別町,苫前町,当麻町,豊浦町,豊頃町,豊富町.(すべて北海道)
I県K市は,岩手県北上市,岩手県久慈市,岩手県釜石市,茨城県古河市,茨城県北茨城市,茨城県笠間市,茨城県鹿嶋市,茨城県かすみがうら市,茨城県神栖市,石川県金沢市,石川県小松市,石川県加賀市,石川県かほく市.
F県K町は,福島県桑折町,福島県国見町,福島県川俣町,福島県鏡石町,福島県金山町,福岡県粕屋町,福岡県小竹町,福岡県鞍手町,福岡県香春町,福岡県桂川町,福岡県川崎町,福岡県上毛町,福岡県苅田町.
K県K市は,神奈川県川崎市,神奈川県鎌倉市,香川県観音寺市,高知県高知市,高知県香南市,高知県香美市,熊本県熊本市,熊本県菊池市,熊本県上天草市,熊本県合志市,鹿児島県鹿児島市,鹿児島県鹿屋市,鹿児島県霧島市.
これより件数が少ないのは自分で調べてください.
逆に,重複がないイニシャルは,以下の194である.
H道Y市,H道R市,H道W市,H道B市,H道C市,H道U市,H道D市,H道M村,H道K村,H道A村,H道C町,H道P町,H道W町,H道O村,A県Y村,A県N村,A県I村,A県R町,A県Y町,A県R村,I県F村,I県N村,I県K村,M県Z町,M県Y町,M県R町,M県O村,A県D市,A県O村,A県U町,Y県S村,F県O村,F県B町,F県Y村,I県Y市,I県J市,I県U市,I県C市,I県B市,I県D町,I県M村,I県G町,T県S町,G県I市,G県F市,G県A市,G県U村,G県N村,G県C町,S県C市,S県H村,C県U市,C県O市,C県Y町,C県I町,C県M町,C県C村,C県N町,C県C町,T都B区,T都O区,T都I区,T都E区,T都O市,T都C市,T都I市,T都N市,T都M町,T都H村,T都T村,T都N村,T都K村,T都A村,T都O村,K県F市,K県O市,K県C市,K県E市,N県J市,T県H市,T県I市,T県F村,I県W市,I県U町,F県E市,F県W町,Y県C市,Y県D村,Y県Y村,Y県N村,Y県K村,N県F町,N県U村,N県I村,N県C村,G県E市,G県Y市,G県W町,G県A町,G県H村,M県Y市,S県R市,K府F市,K府A市,K府U市,K府J市,K府Y市,K府O町,K府U町,K府W町,K府S町,K府M村,K府Y町,O府Y市,O府N市,O府D市,O府F市,O府S町,O府N町,O府M町,O府C村,H県I市,H県Y市,H県H町,W県W市,W県H市,W県A市,W県G市,W県T市,W県S市,W県I市,W県A町,W県I町,W県N町,W県T町,W県K村,T県W町,T県C町,T県H村,T県D町,S県C村,O県W町,O県S村,H県E市,H県A町,H県O町,H県J町,Y県I市,Y県W町,T県S村,K県U町,E県M市,E県U市,E県Y市,E県N市,E県O市,E県T市,E県T町,E県U町,E県I町,E県A町,K県G村,K県O村,K県H村,F県B市,F県U市,F県U町,F県A村,S県G町,N県H市,K県G町,K県N村,K県S村,K県I村,K県R町,O県H市,O県Y市,M県E市,M県N村,M県M村,M県S村,M県H町,M県G町,K県T村,K県W町,K県C町,O県G市,O県G村,O県Y村,O県C町,O県Z村,O県A村,O県M村,O県T町
これらの市町村でやましいことを行う場合には,そのイニシャルが(少なくとも国内において)ユニークであることに留意すべきである.
地図に表すとこんな感じで,北海道から沖縄県にかけて全国に分布していることがわかる.
このなかで,殊に注意すべき自治体があるとすれば,東京都の大田区,板橋区,文京区,江戸川区,それに,愛媛県の松山市が,比較的人口が多いながらユニークなイニシャルをもっている.
静岡県,愛知県,奈良県,また,島根県の本土,鹿児島県の本土では,ユニークなイニシャルをもつ市町村が存在しない.
また,愛媛県と和歌山県では,その県のイニシャル(EとW)自体が県単位でユニークであるため,必然的にユニークなイニシャルをもつ市町村が目立つ.
以下は,都道府県の市町村数に対してユニークなイニシャルをもつ自治体が占める割合を示した地図である.
先述したように,県自体のイニシャルがユニークである2県のほか,京都府においてユニークなイニシャルの自治体が占める割合が高い.また,東京都,鳥取県,宮崎県でもやや高い値を示している.
日本の市町村をイニシャルで表記する場合,その表記には548通りあった.
このうち,ユニークなイニシャルは194あるため,Q県Q市の形でイニシャル表記を行う場合,単純に考えて,約35%のイニシャルはユニークということになってしまう(つまり,あまり意味がない)
また,日本の市区町村は1747あるため,市区町村数ベースでいえば,約11.1%がユニークなイニシャルを持つことになる.
以下は,イニシャルを共有する市町村がいくつあるかを示したグラフである.
縦軸はその市町村と同じイニシャルを共有する市町村の数,横軸は,イニシャルを共有する数が同じ市町村の数を指す.
同じイニシャルが0件(=ユニーク)の市町村は194,1件の市町村は100あり,共有件数としてもっとも多いのは,2件の234市町村である.
また,日本において,市町村は,平均的に約4.65の市町村とイニシャルを共有する.
県を抜いて考える
要するに,各市町村のローマ字表記での最初の文字は何であるかということである.
市町村(区は省略)ごとにイニシャルとなるアルファベットを集計すると以下の表のようになる.
それぞれにおいて,該当数が多い3項目をピンク太字で,5件以下の項目を水色で,1件のみの項目を水色太字で示した.
まず多い方から見ると,市町村ともにKから始まる自治体が最も多い.偶然にも,K市の件数とK村の件数は同じである.また,K村も26あり,リアカーがなくて大変な村が日本には26もある.地図に表すと以下のようになる.
紅色がK市,橙色がK町,黄色がK村,水色がイニシャル5件以下の市町村である.
市町村のみのイニシャル表記において,もっとも秘匿性が高いのはK市,K町である.市であれば京都市,北九州市,熊本市など,政令指定都市が名を連ねている.町でも,菰野町,笠松町など,たくさんある(129ある).
一方,重複するイニシャルを持たないD村,Z村,J町,P町,Z町では,たとえイニシャル表記を使おうとも,市町村が即座に特定できてしまう.これらはそれぞれ,山梨県道志村,沖縄県座間味村,広島県神石高原町*3,北海道比布町,宮城県蔵王町に対応する.
ちなみに,当たり前ではあるが,日本語のローマ字表記において通常使用されることのないL,Q,V,Xから始まる市町村は存在しない.また,比布町(比布町)は現状唯一「P」から始まる自治体であり,イニシャル表記の意味がもっとも薄い自治体と言える.
市部では単独のイニシャルをもつ自治体は存在しないが,それでも,上の表で水色で示された市町村はとくに秘匿性が低いと言える.
具体的には,D市(北海道伊達市,秋田県大仙市,福島県伊達市,大阪府大東市,福岡県太宰府市),J市(新潟県上越市,茨城県常総市,京都府城陽市),R市(北海道留萌市,岩手県陸前高田市,滋賀県栗東市),W市(北海道稚内市,埼玉県蕨市,埼玉県和光市,石川県輪島市,和歌山県和歌山市),Z市(神奈川県座間市,神奈川県逗子市,香川県善通寺市),また,町部では,D町(茨城県大子町,鳥取県大山町),村部ではF村(岩手県普代村,富山県舟橋村),G村(高知県芸西村,沖縄県宜野座村)あたりの市町村で,イニシャル表記を使う意義が薄い.
しかしながら,Z市と表記される市は,偶然にもすべてK県に属する.また,D市にもF県D市が2通り,W市にもS県W市が2通りあり,これらの市町が,必ずしも殊に脆弱なわけではない(ここに示されていなくとも,イニシャルがユニークになってしまっている市町村は存在する)点には留意すべきだろう.
むすびにかえて
こんなに書くつもりなかったのに6000字級の大記事になっており大変な思いをしている.
まず,町村も含めたイニシャルの検討からは,先行研究で示されたS県K市の件数よりも,H道S町の件数の方が多いことが明らかになった.しかしながら,H道という表記からは,北海道であることがバレバレであり,いくら数の面で秘匿性が高いと言っても,このようなイニシャルを使って満足をしているようではまぬけだと思う.
また,2015年現在,日本の市町村は,平均的に4.65の市町村とイニシャルを共有することが明らかになった.この数字は大きければ大きいほどイニシャル表記の秘匿性が高くなると言えるので,平成の大合併以前,あるいは昭和の大合併以前の市町村データを用い,過去のイニシャル事情について明らかにすることを今後の課題としたい.そして,このような話を,今度の名大祭で出す名大地理研の部誌に書けばよいのではないかということを今思ったため,おそらくその話が載る.みなさん,買ってください.よろしくお願いします.名古屋大学という名古屋にある大学で,6月8日と9日に部誌を売ります.38gw_78も9日は(たぶん)いると思います.というか大学のどっかには絶対います.みなさん,どうぞよろしく.〆切が近くて焦っています.
A県I市より愛をこめて.