ある日の晩,子羊のコネリーは言いました.
お母さん,地球には幾つの生き物がいて,それは私たちと同じように思考しますか?
厩舎の片隅で,ただの,一匹の雌羊に投げかけられたその質問は,しかし,その羊のちっぽけさとは違って,たとえば歴史学という営みが彼らの存在を全く捨象してしまうのとは異なって,とても重大で,あらゆる疑問の母となる,いわば,マザー・クエスチョンとでも言いましょうか──無論"母"羊に投げかけられたという意味ではありませんが──とても深く,深く,深い問いでした.
母は言いました.
コネリー,早く寝なさい.
そこで,羊を数えましょう.
羊を数えることは,自らを睡眠へと誘う最も良い方法なのだと,少なくともその羊は認知していました.
羊が1匹.
2匹.
3匹.
おっと、逆羊.
逆羊は,数学におけるマイナスに似た存在です.
逆羊が一匹いれば、羊の総数は,マイナス1されることになります.
ようするに、いま,羊は2匹.
逆羊はランダムに子羊の脳を襲います!
子羊は羊を数え続けます.
羊がマイナス4万5千3十6匹.
羊がマイナス4万5千3十7匹.
羊がマイナス4万5千3十6匹.
たまに正羊が来ますが,だんだん,子羊の頭は逆羊に支配されます.
お母さん,羊がマイナスになります.
羊がマイナスになるのは大変なことです.それは制御可能ですか?
いえ,制御は不可能です.
抗うことができないのであれば,抗うことはできませんね.
抗わなければ,マイナスが続きます.
メエエ.
いつの間に朝です.
アイヒの太陽が,牧場を照らします.
アイヒ様,アイヒ様,アイヒ様.
その牧場にいる羊は,みなアイヒの神を信仰していました.
アイヒ様,アイヒ様.
羊がマイナス4万8千3匹.
羊がマイナス4万8千4匹.
羊がマイナス4万8千5匹.
コネリーの頭の中では,羊が減り続けています.
しかしそれは,紛うことなき真実なのです.
すみません,羊を勘定する必要はもはやありませんよ,と一匹の雄羊が伝えました.
それはどうしてなのですか.
だって,アイヒ様の太陽が,恵みをもたらす太陽が,こんなに高く上っているじゃないか.
でも,羊は減り続けています.
雄羊は,こいつは分からない,という顔で,コネリーのもとを立ち去りました.
その後も,多くの羊が,コネリーに同じ質問を投げかけました.
しかし多くの羊が,コネリーに関心があったわけではありません.彼らは暇だったのです.だから,彼らは,コネリーに同じ質問を投げかけては,また先程のように,牧草を食みに戻りました.
それでも,羊は減り続けました.
でも,牧場の様子は,いつもと変わりませんでした.
コネリーの頭の中にマイナス何万匹もの羊がいることと,現実に16匹の羊が牧場にいることとは,区別できることに,コネリーは気づきました.
頭の中で考えていることは,事実ではないのでしょうか?
コネリーは不思議に思って,牧場に一人だけいる人間に,そのことを尋ねました.
人間はとても難解な動物で,何を言っているか分かりません.
でも,コネリーの耳には,オイデオイデと言っているのが聞こえました.
その時たしかに流行っていた,オイデへの信仰です.
アイヒオイデはこのような形で,まず羊の頭の中に出来たのですよ.そして,羊の脳を食べた昔の,ある時点の,ある地点の人が,アイヒオイデに気づいたのですよ,だから昔のアイヒオイデの人は,羊を大事にしたのですよ.
おばあさん,アイヒオイデとは信仰なのでしょうか.
アイヒオイデは信仰ではありません.
では何なのですか.
そのお話は,またこんど.